story おはなし

温泉むすめ伝「伊香保葉凪の章」

 生きるとは即ち選択の連続である。それは人も温泉むすめも違いがない。

 数えきれないほどの選択が人生の軌条を敷いていき、やがて辿り着く終着点を決める。そして、その生来の優しさ故に選択することが苦手な少女、伊香保葉凪もまた選択の時を迎えていた。

 

「わたし……わたしは……」

 

 この選択の終着点に何が待つのか、葉凪には予想もできなかった。だが、選ばなければならない。

 彼女の眼前にはふたつの器。選べるものはふたつにひとつ。龍か虎か、阿か吽か。

 彼女を悩ませるものの正体、それは――

 

「たまにはごまだれもいいよね!? 葉凪ちゃん!!」

「醤油だれが完璧に決まってますよね!? 葉凪さん!!」

 

 ――うどんのつけだれであった。

 

 向かいに座る草津結衣奈と水上凛心が同時に腰を浮かせて詰め寄ってくると、葉凪は思わず椅子ごと後ずさった。

 

「あ、あはは……わたしは、そのぉ……」

 

 引き笑いを浮かべる葉凪に、結衣奈はごまだれの、凛心は醤油だれの入った器を突き出して、更に迫る。

 

「ごまだれ!」

「醤油だれ!」

「「さあさあさあ! どっち!?」」

 

 なぜこんなことになってしまったのか……悲嘆にくれつつ思い返す葉凪だが別に何のことはない。家へ遊びに来た友人たちに、お昼ごはんとして大ざるに山盛りの水沢うどんと2種類のつけだれを供しただけである。

 みんなで最初のひと口を食べようとしたところで、醤油だれ過激派の凛心がごまだれを選んだ結衣奈を見咎めて、この不毛な争いは口火を切られたのであった。

 

(ど、どうしよう……わたしのせいで、ふたりがつけだれ大戦争を始めちゃったよ~!)

 

 焦る葉凪がこの場をどう収めるか決めあぐねていると、更に白熱した結衣奈と凛心が互いにつけだれの入った器を高く掲げて語り出した。

 

「ごまだれのよさ、それはうどん本来の優しい味わいを引き立てるごまのコクと風味とまろやかさ! ささ! ごまだれとうどんの無限のハーモニーに酔いしれながら、つるつる~っといっちゃってくださいよ、葉凪ちゃん!」

「戯言はそこまでです。醤油だれこそうどんのつけだれを統べる完璧な存在。醤油の奥ゆかしい薫り高さこそ小麦の妙味を堪能するのに最適なのです! 葉凪さん、あなたをうどんの深淵へと導くのは醤油だれ。共に参りましょう!」

「葉凪ちゃーーーん! ごまだれ! ごまだれに清き一票を!!」

「なぁにが清き一票ですか、この間3人でお蕎麦を食べた時は醤油だれで食べてたくせに! このごまテロリスト! 醤油だれへの裏切りはこの私が許しません!」

「いいじゃん、今日はごまだれの気分なの! わたしは色んな食べ方で、自由にごはんを楽しみたいのーーー!」

「常に完璧な味付けでいただくことこそ食への感謝! うどんは醤油だれと決まっているのです!」

「あ、あの、ふたりとも、落ち着い……」

「「ねえ、葉凪ちゃん(さん)はどっちで食べるの(ですか)!?!?」」

「ひえっ!」ふたりの迫力に葉凪は思わず息をのんだ。

 

 葉凪はごまだれも醤油だれも好きである。だが、「選ばない」という選択肢を選べばふたりの争いは収まらず、友情の崩壊は必至。なんとかせねばと気が急くばかりの葉凪の脳裏に、あらぬ妄想が浮かんでくる。

 

(も、もし……もしも、わたしがごまだれを選んじゃったら……? 選んじゃったら~~~!?)

 

 それは、「自分がごまだれを選んだら」というもしもの未来だった。

 

 

「うんうん! やっぱり葉凪ちゃんもごまだれがいいよねー!」

 

 満面の笑みを浮かべた結衣奈の隣で、葉凪はごまだれの水沢うどんを啜っていた。

 地元の名物を味わう至福のひと時……のはずだが、床に両手を突いて落ち込む凛心の姿に、葉凪の心は鋭く痛む。

 

「完全無欠のつけだれである醤油だれと、完璧美少女である私が負けた……!?」

「そ、そんな、負けただなんて! わたしの今の気分がごまだれだっただけで……」と、葉凪は慌てて弁解する。

「負けは負けです……敗北者は静かに去ります。どうぞごまだれを楽しんでください……」

 

 いつものみなぎる自信はどこへ行ったのか、悄然と項垂れた凛心は力なく葉凪の家を去っていった――。

 

 

(そうして自信をなくしちゃった凛心ちゃんは完璧美少女としてのプライドを失って、お酒やギャンブルに逃げてしまう……。それでも心の渇きは埋められず、ついには廃人になってしまうんだ……!)

 

 考えたくもない。自分の選択でこの誇り高く堂々とした少女の人生がねじ曲がってしまうだなんて。

 凛心を思う葉凪の優しい心は、自然と一方のつけだれを選ぼうとする。

 

「し、しょう……はっ!?」

 

 ――だが、「醤油だれ」を言いかけて口を噤んだ。葉凪を見つめる結衣奈と目が合ったのだ。

 

(も、もし……もしも、わたしが醤油だれを選んじゃったら……? 選んじゃったら~~~!?)

 

 葉凪の脳裏に浮かんだのは、「自分が醤油だれを選んだら」というもしもの未来だった。

 

 

「当然ですね。味覚においても完璧な私が選ぶのです。うどんに醤油だれこそ、まさしく完璧な食べ合わせ!」

 

 高らかに勝利宣言を発する凛心の横で、葉凪は醤油だれでうどんを啜っていた。

 至福のひと時……のはずだが、滂沱の涙を流す結衣奈の姿に、葉凪の心は鋭く痛む。

 

「う、うそだーーっ! ごまだれ美味しいのに~~! なんでなの、葉凪ちゃん!?」

「な、なんとなーく醤油だれの気分だっただけだよ? 決して、ごまだれがダメってわけじゃなくってね?」

 

 しかし結衣奈は、葉凪のフォローなど聞きたくもないと言わんばかりの勢いで駆け出していった。

 

「うわーーん! ごまだれだっておいしいのにーーーーっ!!」

 

 

(そうして傷ついてしまった結衣奈ちゃんはいつもの元気を失って、ストレス発散のために温泉まんじゅうを食べに食べてしまう……。それでも悲しみは癒やされず、ついには見る影もなく太ってしまうんだ……!)

 

 考えたくもない。自分の選択でこの明朗快活で太陽の様な少女の人生がねじ曲がってしまうなんて。

 結衣奈を思う葉凪の優しい心は、自然と一方のつけだれを選ぼうとする。

 

「ご、ご……はっ!?」

 

 ――だが、「ごまだれ」と言いかけて口を噤んだ。葉凪を見つめる凛心と目が合ったのだ。

 

(も、もし……もし、やっぱりわたしがごまだれを選んだら……ううん! もし、醤油だれを選んだら…………!)

 

 葉凪は自問自答を繰り返す。実際の時間はものの数秒にすぎないが、彼女の体感では無限の如き苦しみであった。

 やがて葉凪は「ご……」と呟いた。その語頭に結衣奈は期待に目を輝かせ、凛心は不安に歯を食いしばる。

 だが、続けて放たれたのは予想外の言葉だった。

 

「ごめんなさいっ! どっちか選ぶなんてわたしにはできないよーーー!!」

 

 葉凪はそう叫ぶと、水沢うどんを乗せた大ざるを手に取って台所に駆け込んだ。呆然とする結衣奈と凛心をよそに、冷蔵庫から豚コマ、キャベツ、にんじん取り出してを手早く刻むとフライパンに油を引き強火で炒める。そこにうどんを投入して更に炒め、味を調え完成したのが――

 

「――おまちどおさま! ご注文の焼うどんです!!!」

 

 自分でも何を言ってるのか分からない。だが、更に困惑しているのは食べ方にこだわっていた茹でうどんが焼うどんに変わってしまった結衣奈と凛心であろう。ポカンとしているふたりに、葉凪は無理やり笑顔を向けた。

 

「え、えっと、たぶん美味しいとおもうんだけど……だめ、かな?」

 

♨      ♨      ♨

 

「焼うどん最高! 水沢うどんは茹でだと思い込んでたけど、たまにはこういう食べ方もいいよね、凛心ちゃん!」

「そうですね、結衣奈さん。この香ばしいお醤油の薫りも完璧です」

 

 絶大かな焼うどん。苦し紛れの一手だったが、結衣奈と凛心のつけだれ論争は無事に終戦と相成った。

 「自由に食を楽しみたかった」結衣奈と、「完璧な食べ方で食したい」凛心。ふたりの争いの本質はこの相違であり、つけだれ論争はあくまでその表出に過ぎなかったのである。

 

(勢いに任せて焼きうどんにしちゃったけど、ふたりとも満足してくれたみたいでよかった……♪)

 

 葉凪の選択がふたりの争いを止めたのは偶然だ。だが、単なる偶然ではないと葉凪は信じていた。

 なぜなら、3人は同じ群馬の温泉むすめ。深いところで繋がっているから、こうしてすぐに仲直りできるのだ。

 

「あ、焼うどんと言えばあれが欲しいよね~、あれ!」と、結衣奈が言った。

「奇遇ですね、結衣奈さん。私も今同じことを考えていました」と、凛心が言った。

 

 ふたりが柔らかい笑みを交わすのが嬉しくて葉凪も笑っていると――結衣奈と凛心は同時に口を開いた。

 

「べにしょうが」

「かつおぶし」

 

 生きるとは即ち選択の連続である。それには人も温泉むすめも違いがない。

 そして伊香保葉凪は、またも新たな選択の時を迎えたのだった。

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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