温泉むすめ伝「湯原砂和の章」
湯原温泉の名所「砂湯」は、湯原ダムの下流、旭川沿いに岩を囲んで作られた混浴の露天風呂だ。その語源は、川底からプクプクと砂を噴きあげながら温泉が湧き出るところにある。
そんな砂湯に私は幼い頃から慣れ親しみ、そして――今日もこの大好きな露天風呂にいた。
「でも本当に良かった~。萌湖ちゃんが元気になってくれて♪」
隣にいるのは舘山寺萌湖ちゃん。つい最近、私の“生徒”になった温泉むすめだ。
「うん! 湯原先生に言われたとおり夜の11時に寝るようにしたら、朝はスッキリ目が覚めるし、発明のアイデアがじゃんじゃん湧いてくるし、何から作ればいいか困っちゃうくらいだよ! 先生、本当にありがとー!!」
まだ高校生の私が“先生”だなんて、なんだかこそばゆい気持ちだけど――元気よく笑う萌湖ちゃんを見て、私は心の底から嬉しくなる。
彼女は『温泉むすめ師範学校』の高等部一年生。私より二つ年下だ。目の下にクマをつくり、ふらふらと師範学校の廊下を歩いていた萌湖ちゃんに私が声をかけたのがきっかけで知り合い、こうして一緒に温泉に入る仲になった。萌湖ちゃんはものづくりが大好きで、毎日いろんなものを発明している。出会ったその日も発明に没頭しすぎて、深刻な睡眠不足に陥っていたのだ。
そこで私は、地元で温泉指南役をしている経験を生かして彼女の生活指導をすることにした。
「寝る暇があったら発明したい!」とごねる萌湖ちゃんを指導するのは大変だったけど、しっかり食べてしっかり寝れば、もっとすごい発明をすることができるはず。私は毎日彼女の研究室に通ってそう説いた。
やがて、彼女は少しずつ私の話を聞いてくれるようになり――今ではすっかり元気になったのだ!
「うふふ♪ 教え子が元気になった姿を見るのってこんなに嬉しいのね~♪」
「ねー、こういうのがあったらいいなーって物はある? お礼に萌湖の発明で先生のアイドル活動をじゃんじゃんサポートしちゃうよ~!」
「えっ!? わ、私はアイドルやってないよ!?」
「あれ、そうなの? アイドルって楽しいし、地元のPRにもなるし、ライブで新しい発明品をお披露目したりすると超盛り上がるよ! 湯原先生、なんでアイドルやらないの?」
そう言って、萌湖ちゃんは無邪気に私の顔を覗き込んでくる。
かわいい教え子の質問とくれば、先生として答えないわけにはいかない。私は正直に打ち明けることにした。
「う~ん……。そうなんだけどね~……。ちょ~っと、悩んでるんだよね~……」
それは一週間前のこと。いつものようにかわいい二人の妹である湯郷美彩ちゃんと奥津かがみちゃんとお茶をしていると、かがみちゃんがポツリと呟いた。
「お姉ちゃんたちと一緒にアイドルやったら、もっと楽しいんだろうな……」
「「……えっ!?!?」」
私と美彩ちゃんは突然の一言にびっくり! かがみちゃんは私たち三姉妹で唯一アイドルを始めていて、楽しそうだな~と微笑ましく見ていたんだけど……そんなこと言われるなんて思いもしなかったから、内心かなり動揺した。
それからは悩みの日々だ。
はっきり誘われたわけではないけれど、かがみちゃんは私たちと一緒にアイドルしたいと願っているはず。
かわいい妹の頼みなら聞いてあげたいという思いと、こんな性格の自分は裏方のほうが性に合ってるんじゃないかという思いがせめぎ合って、私はもやもやしっぱなしなのだ。
「いろいろ考えてたら、自分でもよく分かんなくなってきちゃってね~……」
ため息をつきながら呟くと、萌湖ちゃんが勢いよく湯船から立ち上がって叫んだ。
「それならいいものがあるよ! ちょっと待ってて!」
「へっ?」
萌湖ちゃんはサッとタオルを巻いてどこかに駆けていくと、よたよたとヘンテコな機械を抱えて戻ってきて、私の目の前にドンと置いた。
「じゃーん! 『夜のウソ発見器』~~~!!」
「ウソ発見器?」
“夜の”の部分はスルーした。萌湖ちゃんが発明したアイテムには全部“夜の”がついているのだ。
「自分でも分からないことは機械に聞けばいーんだよ!
さあ、湯原先生! この紙コップ型マイクに向かって萌湖の質問に“はい”か“いいえ”で答えてね。その答えがウソだったり、心の底の本心と違ってたりしたら、この子がブザー音を鳴らして教えてくれるよ!」
「えっ、本心まで分かっちゃうの? すごいけど怖くない!?」
「ほらほら! 遠慮しないでさー!」
萌湖ちゃんは自分の機械を活躍させたくて仕方ないみたいで、戸惑う私をよそにぐいぐい紙コップ型マイクを押しつけてくる。
「うーん……。まあ、ずっとモヤモヤしてるのも健康に悪いし……」と、私はマイクを受け取り口に当てた。
「では、質問を始めます!」
きりりと表情を引き締めた萌湖ちゃんは、コホンと咳払いをしてかしこまった口調で言う。
「――湯原先生、あなたはアイドルをやりたいですか?」
いきなり核心をつく質問だ。
えっと、今はアイドルをやりたいとも、やりたくないとも思ってないから、ここはとりあえず――。
「いいえ!」
すると――ビーッ! と『夜のウソ発見器』が鳴った!
「え~~~っ!?」
ウソウソ! なんで!? なんで本当のこと言ったのに鳴ったの!?
私が驚いていると、萌湖ちゃんがにやりと笑って言った。
「あなたはウソをついていますね……。本当はアイドルになって、あのかわいい衣装を着たいんじゃないですか?」
その一言で私は我に返る。
――ああ、いけない。びっくりしすぎて取り乱しちゃった。冷静に、冷静に……。
えーっと、アイドルの衣装はかわいいと思うけど、着てみたいと思ったことはないから――。
「いいえ!!」
だけど結果はまた、ビーッ!
「ええ~~っ!? また鳴った!?!?」
あたふたする私に萌湖ちゃんが立て続けに質問攻めしてくる。
「はっはーん。さてはあなた背も高いし、自分のスタイルの良さにかなり自信があるんでしょう?」
「い、いいえ!!!」
ビーッ! ビーッ!!
「いーや、あなたはウソをついている!! “自分でもよく分からない”なんて言って、誰かに背中を押してもらいたかっただけなんでしょ!? 本当はかがみちゃんと一緒にアイドルやりたいんでしょ!?」
「いいえ、いいえ!! いいえったらいいえ~~!!」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!!!
「そ……。そんな……!!!」
鳴り響く『夜のウソ発見器』を前に私は崩れ落ちた。
「うう……。そっか……。私、本当はアイドルやりたかったんだ……!!」
『夜のウソ発見器』によると、私は本心ではアイドルをやりたいし、かわいいアイドル衣装を着てみたいし、自分のスタイルに自信があるし、誰かに背中を押してもらいたかっただけだし、かがみちゃんと一緒にアイドルをやりたかったらしい。これじゃナルシストじゃん! って自分でもドン引きだけど、ウソ発見器が言うからにはそうなのかな? いや、そうなんだろう。そうに違いない!
「湯原先生がアイドル始めたら、『先生でアイドル』だね!」
「お、おお……。『先生でアイドル』……!!」
その瞬間、アイドルになった自分の未来が怒涛の勢いで私の脳裏に流れ込んできた。
ミニスカートのかわいい衣装を着て、センターで歌う私。MCではファンのみんなに湯原温泉をPRし、握手会ではひとりひとりのファンの生活改善のため健康相談に乗る――そんな未来が!
萌湖ちゃんが元気になってくれたのもこんなに嬉しいのに、もっともっと「生徒」ができるってことは――。
「いいっ! それ、すっごくいいね……!」
「そうでしょ!? もーやるっきゃないよ!! 湯原先生、お互い優勝目指して頑張ろー!!」
「うん! 私、湯原砂和、今日から『先生でアイドル』始めまーす♪」
――こうして、私はアイドルを始めることになった。
実はそのあと萌湖ちゃんから「あの時の機械、本当は『夜の大声測定器』だった!」って謝られて拍子抜けしたんだけど……別によかった。だってその頃には、私は心の底から「アイドルって楽しい!」って思ってたんだもん♪
著:黒須美由記