story おはなし

温泉むすめ伝「城崎亜莉咲の章」

 冬。雪やこんこん、猫が炬燵で丸くなる季節。しみる寒さに、お鍋が恋しくなる季節。

 水炊き、ほうとう、ちゃんこにきりたんぽ……日本全国津々浦々、その土地々々のお鍋は数あれど、ここ兵庫は城崎のお鍋といったらこれであろう。

 

「さあ、召し上がれ! これが城崎自慢のカニ鍋よ!!」

 

 城崎亜莉咲が土鍋の蓋を取ると、湯気とともに広がった松葉ガニの豊かな香りがふんわりと部屋を満たした。

 

「「「おぉ……!」」」

 

 伊香保葉凪、嬉野六香、伊東椿月が炬燵から身を乗り出して土鍋を覗き込む。赤く華やかに色づき、まさに食べごろといった大ぶりの松葉ガニを中心に、色とりどりの野菜が見た目も美しく煮込まれている。

 

「これ亜莉咲ちゃんが作ったの!? すごい!」

 

 心底感動したのか、葉凪は目を輝かせて鍋にくぎ付けで、

 

「バエる~! テンション上がるわ~♪」

 

 早速スマートフォンを構えて写真を撮り始めたのは六香だ。

 

「おなかを減らしてきた甲斐がありましたね」

 

 椿月はいつもの通り表情に乏しいが、ほっぺたをほのかに染めて興奮しているようだった。

 

「ふふ~ん、そこいらの冷凍カニとは鮮度が違うから味も期待しなさい!」

 

 3人の手放しの称賛に得意げに胸を張った亜莉咲は、炬燵から立ち上がると拳を上げて宣言した。

 

「用意はいい、あんたたち!? それじゃあカニ鍋パ、始まりよ~!!」

 

 鍋パーティを開こう――そう言い出したのは亜莉咲である。12月と1月の慌ただしさから解放され、petit corollaのメンバーだけでゆっくり羽を伸ばそうと提案したところ、葉凪たちからもふたつ返事でOKが返ってきた。

 パーティ会場は企画者の亜莉咲の家ということにスムーズに決まると、彼女は馴染みの魚屋から特別立派なカニを分けてもらい、気合を入れて準備をした。そして迎えたのが今日である。

 

「松葉カニカニ 松葉カニ~♪ ぐつぐつ煮える 鍋の中 あなたと食べたい 松葉ガニ~♪」

 

 こぶしのきいたオリジナル松葉ガニソングが口をついて出るほど、亜莉咲は浮かれていた。あまりにも楽しみで昨夜はなかなか寝付けなかったほどだ。

 無駄に高まったテンションを誤魔化すように丁寧な所作で3人に鍋を取り分けると、亜莉咲は最後に自分のぶんをよそって座った。いきおいカニの身を口に含むと、とろけるようなカニの身はため息が出るほど甘く美味だった。

 

「ん~、おいしい! やっぱりこの時期のカニって最高ね! いくらでも食べられちゃう~」

「そうだねー」六香が手にしたカニをほじりながら適当に答えた。

 

 カニの殻を器用に割りながら喋る亜莉咲は、普段に比べ随分と早口だ。

 

「ねえねえ聞いてよ! ちょっと考えてみたんだけどさ、みんなで今月の目標を言い合ってみない? 改めて目標を口にすることで、意識も変わると思うのよ!」

「そうですね」椿月が手にしたカニをほじりながら適当に答えた。

「ねぇ聞いてる? いい? まずは私からね! 私の目標は一日一回外湯に入ることです! いえ~~~い!」

 

 亜莉咲は殻を剥いたカニをひと口に頬張ると幸せそうに笑った。

 

「はい、じゃあ次は葉凪、どうぞ~!」

「そうだねぇ」葉凪が手にしたカニをほじりながら適当に答えた。

「ねぇぇぇぇーーーー聞いてよぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 亜莉咲は吠えた。

 

「カニ! カニばっかりほじってないで聞いてよ! 話してよ! おいしいのはわかるけど集中しすぎ!!」

「ご、ごめん亜莉咲ちゃん! そんなつもりなかったんだけど……」

 

 慌てる葉凪を、みなまで言うなと亜莉咲は手で制す。

 

「うん。いいわよ葉凪、わかってる。あんたはそうでしょうとも。わざとじゃなくて、ついカニに夢中になっちゃったのよね――でも六香! あんたはダメよ!! せっせとカニの殻集めて何してるのよ!?」

 見ると、六香は皆が捨てたカニの殻をてきぱきと集めて持ち帰ろうとしていた。とても、目が輝いていた。

 

「ふっふっふ。聞いて驚け、カニの殻って美容に使える栄養素の塊なんだよ!」

「ウソ!? どうやって使うの!?」

「知らないけど」

「知らんのかーい!」

 

 亜莉咲は頭を抱えた。カニの身ならともかく、カニの殻にまで自分の話が負けたとは思いたくなかった。

 

「ううん、大丈夫だよ亜莉咲ちゃん! カニの殻に負けたのは亜莉咲ちゃんだけじゃないよ!」

 

 落ち込む亜莉咲の肩を揺すって、葉凪が対面の椿月を示す。

 亜莉咲がそちらを見ると、なぜか椿月は束になったカニの足を笛のように咥えていた。

 

「は!? いったい何がどうなったらそんな状態になるの!?」

「ふぁふぇふぁひほへふへはいいはほほほっへ(割れないので吸えばいいのかと思って)」

「あ~、確かにその通り」

「わかるの六香!?」

「六香ちゃん可愛い~だって☆」

「絶対言ってないわよね!? 不器用で割れなかっただけよね!?」

「ふぃふぁふふぉふぉふぃふぁふふぇふぁふぇふふぇふぃふぁふぇ(私が剥けるのはミカンが限界ですね)」

「喋るならカニを抜けーーーーーーッッ!!!」

「ま……まあまあ亜莉咲ちゃん、落ち着いて。ね?」

 

 なだめる葉凪に亜莉咲は首を振って答える。

 

「これが落ち着いていられる!? 楽しく鍋パのはずが、誰も私の話聞いてくれない……!」

「え~、カニ食べて無言になるのは仕方ないと思うけど?」

「なによ六香、カニ食べながら話すのなんて普通でしょ!?」

 

 椿月はカニの足を口から抜くと淡々と言った。

 

「それは亜莉咲ちゃんがカニをよく食べる土地の人だからでは」

「だったら私が全部剥いてあげるからみんなは座ってていいわ! ほら椿月、そのよだれまみれのカニもかして!」

「えっ!? そこまでしてもらうわけには――」

 

 椿月の言葉を遮って、亜莉咲は思いの丈を渾身の一声でぶちまけた。

 

「私はみんなでワイワイしたいの!! もっとかまってよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「「「え?」」」

 

 亜莉咲の口から飛び出した常ならぬ言葉に、3人は思わず固まった。

 

「…………………あ!!!!」

 

 その反応で我に返った亜莉咲の顔がみるみる赤くなっていく。茹でカニもかくやというほどだ。

 

「……へ~、ふ~ん? なるほどなるほど?」

 

 六香はニヤニヤ笑いだすと、真っ赤に茹だった亜莉咲のほっぺたをつっつく。

 

「ごめんね、亜莉咲ちゃん! ふふふ……!」

 

 葉凪ははにかんだように微笑む。

 

「もう亜莉咲ちゃんを悲しませません」

 

 椿月は心得たように深く頷いた。

 

「ちょ、ちょっと。みんなして何よぉ……」

 

 三者三様に言う葉凪たちに圧されて、亜莉咲はしどろもどろに縮こまった。カニと違って防御力が低い。

 と、六香が何かを閃いたようにポンと手を叩き、ポケットからスマホを取り出した。

 

「決まったよ~亜莉咲ちゃん。今月のあたしの目標!」

「え? なんでその話に戻るの……ってか、やっぱりちゃんと聞いてたんじゃない!」

「ずばり! あたしの目標は【『ツン』な亜莉咲ちゃんの『デレ』の部分をもっとみんなに広める】に決定~☆」

「はああ!?」

 

 盛大に宣言した六香がスマホで亜莉咲をパシャパシャと撮り始める。追い打ちをかけられた亜莉咲が目を丸くしていると、椿月と葉凪もそそくさとすり寄ってきた。

 

「私も賛成です。今月は亜莉咲ちゃんのカワイイを知らしめる月間にしましょう」

「いいね! じゃあ、その素敵な目標を実現するための方策を話し合おう!」

「椿月!? 葉凪まで!?」

「「「さあ、亜莉咲ちゃん! さっきのカワイイ発言をもう一度お願いします!!!」」」

 

 3人に促された亜莉咲は涙目で叫んだ。

 

「なんでこうなるのよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?」

 

 羽を伸ばす予定がやっぱりどうして慌ただしい。だがそれこそpetit corollaというもので、こうして賑やかに鍋パーティは進んでいく。

 ちなみにカニは亜莉咲がきっちり身をほぐして、余すことなくおいしくいただきましたので、どうぞご安心を。

Fin.


                                              written by Ryo Yamazaki

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