story おはなし

温泉むすめ伝「小野川小町の章」

闇夜にふっと小さな光が浮かび上がる。その光はひとつ、またひとつと増えていき、やがて無数の光になって、ふわりふわりと空を舞う。初夏の訪れを知らせる幻想的なほたるの舞――。

 

「……きれい……」

 

 6月も終わりに近付いてきたある夜のこと。私は大樽川の川面を乱舞する美しいほたるの光に見とれていた。

 

 小野川温泉は、環境省の『ふるさといきものの里100選』に選定され、温泉街のすぐそばでゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタルという3種類のほたるを見ることができる「ほたるの里」だ。ほたるの見頃は7月上旬。それより少し早いこの時期でも、たくさんのゲンジボタルが美しい光を放ちながら大樽川に飛び交っている。

 ほたるが光る理由は、外敵に対する警告だとか、化学反応だとか、いろいろ言われているけれど――私はやっぱり求愛しているのだと思う。きっと彼らは今、運命の相手とめぐり会うため、懸命に体を光らせて自分の居場所を相手に知らせようとしているんだわ……。ああ、なんて純粋! なんて素敵……!

 

 ――それなのに。はぁ……。私ときたら、いつまでも不埒なことを――

 

「にゃー!!」

「へぶっ!?」

 

 突然、頬っぺたに猫パンチを食らって、私は現実に引き戻された。

 何事かと見ると、温泉街に住むイタズラ好きの黒猫・ナリヒラが私に向かって前足を伸ばしている。そんなナリヒラを優しく抱いているのは、山形県・蔵王温泉の温泉むすめ、蔵王巴さんだった。

 

「あらあら~、ナリヒラくんったらお友だちをパンチしちゃだめよ~。小町ちゃん、大丈夫~?」

「あはは……。大丈夫です。ちょっと考え事してて……」

「考え事? どうしたの……きゃっ!」

 

 自由気ままなナリヒラは、巴さんの腕から飛び出して地面に着地し、暗闇に紛れてどこかへ消えてしまった。まるで「お前の考え事なんぞ知るか」といったその態度に、巴さんは「あらあら」と苦笑いしている。

 

「それで小町ちゃん、何を考えていたの~? わたくしでよかったらお話相手になるわよ~」

「えっ!? えーっと……」

 

 こんな不埒なこと、他人に相談してもいいものだろうか。私は一瞬だけ言葉に詰まってしまったけれど――巴さんの透きとおるような瞳に見つめられているうちに、彼女になら話してみようかと思い始めた。

 

 巴さんは幼い頃から私をよく知るお姉さんのような方だもの。――うん、そうよ。巴さんになら……。

 

 私は大きく息を吸うと、思い切って彼女に打ち明けた。

 

「実は私……ファンレターをもらったんです……!

 

 

 

 それは昨日のことだった。私がアイドルの仕事(東京都内で小野川温泉のPRをするイベントだった)を終えて帰り支度をしていると、控室にイベントの主催者――スクナヒコさまがやってきたのだ。

 

「小町。おぬしにファンレターが届いておるぞ」

「……えっ?」

 

 スクナヒコ様は私に一通の手紙を押しつけて、せわしなく控室を出ていった。

 戸惑いながら手紙の封を切る。キャラクターものの可愛い便箋に心のこもった字がしたためられていた。

 

こまちちゃんへ。ぼくはこまちちゃんのファンです。こまちちゃんがだいすきです。アイドルがんばってください。

 

 私は生まれて初めてもらったファンレターが嬉しくて、家に帰るなりお返事を書こうと墨と硯を用意した――。

 

 

 

「――でも、いざお返事を書こうとしたら、なんて書けばいいのか分からなくなってしまって……!」

 

 大樽川のほとりで私は巴さんに言った。

 

「頭では分かってるんです! 私はアイドルで、手紙をくれた子はファン。アイドルはファンと一線を引かねばならない……。でもでもっ! “こまちちゃんがだいすきです。”って、これもう恋文ですよね!? ということはここで私がお返事したら、またあちらから恋文が届いて、文通を重ねて、会う日にちを決めて……ついに夜這いが……!?」

「まあまあ~。ずいぶん情熱的なお子さんね~」

「……はっ!? そうでした!!」

 

 私は巴さんの一言で我に返った。

 いけないいけない。またいつもの妄想をしてしまった……。

 でもでも、こうやって妄想が爆発するのはどうにも抑えられないのだ! 小野川温泉はかの有名な歌人・小野小町が発見したと言われる温泉で、私は絶世の美女と謳われた彼女に憧れて育ち、いつしか彼女が和歌に詠んだような情熱的な恋がしたいと切に思うようになった。そこに来て「だいすきです」なんて言葉をかけられたら私の心は制限解除、蛍の如くきらきら光っては夢てふものはたのみそめてき、妄想はどんどん膨れあがっていった――まあ、巴さんが言ったとおり、今回お手紙をくれたのは年端もいかない子どもみたいだけど。

 

 そんな風に一人で思いをめぐらしていると、巴さんは親切な笑顔を浮かべて「そうねえ」と口を開いた。

 

「別に気負わなくても、お返事は何を書いてもいいと思うわ~。わたくしもお返事して文通している方がいるけど、何気ないことばかり書いているもの~♪」

「えっ!?」

 

 私は思わず大声を出してしまった。

 文通している? ということは……もしかして巴さんのところにはもう夜這いが!? 夜這いが~~~!?!?

 これは聞き捨てならない! 参考にするためにも、しっかりお話を聞かせていただかないと……!

 私は巴さんの両肩を掴み、真剣な表情で訊ねた!

 

「巴さん! 文通してらっしゃるんですか!?」

「ええ、してるわよ~」

「お相手はどんなお方ですか!?」

「どんなお方って、いいお方よ~」

「いいお方だけじゃ分かりません! もっとこう、優しいとか頼りがいがあるとか!」

「う~ん。一言では言い表せないわね~」

「じゃあ恋文にはいつもどんなことを書いてらっしゃるのですか!? 趣味の話? それとも夜這いの話とか!?」

「いろいろよ~。スキーのお話とか、大学受験の勉強が大変ってお話とか、四十肩で仕事が辛いってお話とか~」

「ふむふむ! スキーがお二人の共通の趣味なのですね! 大学受験ということは巴さんと同い年の高校三年生! そして四十肩で仕事が辛いと……あれっ?」

「そうそう。朝、夫と息子が出かけたあとにわたくしの曲を爆音でかけながら掃除するっていう方もいたわ~」

 

 ……???

 

 私は首をひねった。聞けば聞くほど分からない。高校三年生が四十肩になるのはいくらなんでも早いと思うし、仕事をしているなら社会人だろうし、夫と息子がいるということは女性なのでは……?

 えっと、これはもしかして――……。

 

「巴さん……。文通をしている方ってお一人ですか……?」

「ううん~。たくさんいるわよ~。わたくし、ファンレターをくれた方には全員お返事することにしているの~」

「全員!?」

「アイドルという仕事って、ファンの方とゆっくりお話するのは難しいでしょう? でも、お手紙なら“いつもわたくしを好きでいてくれてありがとう”って、ちゃんとお礼を伝えられるもの♪」

「あ……!」

 

 その言葉を聞いて、私はお手紙の“アイドルがんばってください”という温かな一文を思い出した。

 そう、私がもらったのは恋文じゃない。私を応援してくれるファンレターなのだ。

 今さらそれに思い至った自分の未熟さに、頬がかあっと熱を持つ。私ったら、舞い上がりすぎたみたい……。

 

「……巴さん、ありがとうございます。私、ファンレターのお返事、自分なりに考えてみます!」

 

 そう言って、私はぺこりと頭を下げる。

 巴さんは一瞬きょとんとした顔をして――やがてにっこり笑ってくれた。

 

♨      ♨      ♨

 

 私は巴さんを神社の前まで見送り、帰宅した。

 「お返事考えてみます」とは言ったものの、書きたいことが多すぎて全然まとまりそうにない。改めて自分の未熟さを痛感しながら部屋の前までやってくると、閉めたはずの引き戸がわずかに開いていた。

 

 えっ、どうして? 誰かいる? まさか夜這いが!?

 

 勢いよく引き戸を開けると――黒猫のナリヒラが文机の上で墨の匂いを嗅いでいた。

 

「あっ! それは舐めちゃだめ!」

 

 私の叫び声にナリヒラは飛び上がって部屋の中を走り出す。バタバタとものが散らかり、私は大慌てでナリヒラを追いかけ回して――ようやく捕まえた頃には、部屋の中は酷い有様になっていた。ナリヒラが途中で硯を踏んだせいで部屋のあちこちに彼の足跡があって、それは白紙だった便箋にもしっかりついているのだった。

 

「まあ……」と私は呟いて、なんだかおかしくなって笑った。

 猫の足跡がお返事というのもいいかもしれない。

 

 私はナリヒラを優しく撫でながら囁いた。

 

「……そうね。私がファンレターのお返事を上手に書けるようになるまで、おまえに書いてもらおうかしら――」


 

著:黒須美由記

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