story おはなし

温泉むすめ伝「土肥間由の章」

日が一日と長くなり、風は暖気を孕みだす。春風駘蕩、春うらら。季節はまさに蟄居のころ。

 土肥温泉のとある一室に、今まさに優雅なる春とも形容すべき理想の空間が設えられていた。

 最高級の調度品で整えられた室内には集中力を高めるクラシック音楽がさりげなく流れ、屋外には駿河湾を一望できる個人用の露天風呂がゆったりと湯気を立ち上らせている。クリエイターなら誰もが夢見る極上の創作環境に響くのは、ノートにペンを走らせる軽やかな音……と、その主、道後泉海が「ふぅ」と軽く息をついてペンを置いた。

 

「完成しました……!」

「――待ってたわよ会長! それが印税生活間違いなしの超絶エモーショナルスーパーヒットソングね!」

 

 そんな泉海に顔を近づけたのは、ここ土肥温泉の温泉むすめ、土肥間由である。

 間由はお金を愛している。そして、どこかに金儲けのネタはないかと目を光らせる毎日を送っていた。そんな彼女が新たに目をつけたネタ――それこそが、道後泉海との歌詞共作による印税生活だった。

 昨年立ち上がった新生徒会の会長を務める泉海と会計の間由は馴染みである。生徒会に名を連ねる温泉むすめたちとコネを繋いでおき、いずれ金儲けに役立てるためにわざわざ立候補したのだ。『温泉むすめ日本一決定戦』の開催が発表され、泉海がSPRiNGSの作詞担当としてその才能を開花させた時、間由はすかさず彼女に声をかけた。

 こうして理想的な創作環境をしつらえたのも投資。泉海に気持ちよく詩作に打ち込んでもらうためである。

 

「中々のものが書けたのではないかと。これも間由さんが集中できる環境を整えてくれたおかげですわ」

「それは期待大ね! では早速拝見させてもらいましょうか」

 

 間由は泉海のノートを手に取って歌詞に目を通し、その出来栄えに思わず唸った。そこには瑞々しい感性に裏打ちされた、少女の淡い恋心が伸びやかな筆致でしたためられている。

 

「さすが会長。素晴らしい出来栄え! 私の提案した『純愛』というテーマを見事に取り入れた完璧なラブソング!」

「光栄です。とはいえ、恋愛についての詩作というのは何度経験しても面映ゆいものですね」

「でもまだ足りない!」

「えっ!?」

「確かにこの歌詞でも十分ヒットソングの域に達している……けど! 印税生活間違いなしの超絶エモーショナルスーパーヒットソングを目指すならば、もっと普遍的で、もっと人の心を掴むような強烈なメッセージが欲しい!!」

「強烈なメッセージ、ですか?」

「この世に生きとし生けるものが持つ普遍的な情動、それは――」

「それは?」

「――お金への思い!」

「…………ん?」

 

 堂々と言い放った間由に、泉海の目が点になった。

 

「こう、金の海におぼれて窒息死、くらいの大胆さとゴージャスさが欲しいのよね」

「これは……ラブソング……ですわよね……!?」

「あと土肥温泉の観光案内も入れてね」

「ラブソングですわよね!?」

「さあ会長、共に作りましょう、印税生活間違いなしの超絶エモーショナルスーパーヒットソングを!!!

 ――あ、私のアイデアの比率が多くなりそうだから取り分も多くさせてもらうわね」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 グイグイと語り続ける間由を押しとどめるように、泉海が椅子から立ち上がった。

 

「何よ。取り分はきっちりいただくわよ」

「取り分の話ではありません! お金がどうのを組み込んで純愛の歌詞を書くなんて無理です!」

「会長は私がその才能を見込んだ女! やれるわ!」

「力強く言っても妙案は浮かびません! とにかく今日はいい時間ですし、持ち帰って整理させてください!」

 

 そう言って、泉海はそそくさと部屋の出口へと歩いていき、頭を下げる。

 

「それでは、お邪魔致しまし――えっ!? 開かない!!?」

 

 何度も扉を押し引きする泉海を眺めて、間由はニヤリとほくそ笑む。

 

「フフフ……逃がさないわ。私が工学部に投資して作ったこの『缶詰部屋』は、一度入ったが最後、最高の歌詞が完成するまで出ることができないのよ!!」

「え、ええっ……!? ずいぶん発展性のない投資ですわね……」

「一発当てて取り戻せば問題ナシ! さあ会長、作詞の続きを始めましょう!!」

 

 獲物を追い詰めた猛獣のようにじりっと間由が泉海に詰め寄る――と、泉海は怯えたように言う。

 

「お、お金を稼ぐためにここまでしますか……!?」

「当たり前でしょ!? あらゆる手を講じて私は一攫千金を目指すッ! お金稼ぎはロマンなのよ!」

 

 そう言って、間由はビシッと胸を張った。

 

「ロ、ロマン……!?」と、泉海が目を白黒させる。

「そう、ロマン! 土肥温泉は地面を掘れば温泉が、山を掘れば金鉱脈がある! 駿河湾には高級深海魚が泳ぎ、埋蔵金の伝説だってある! 土肥はまさにロマンの国。そしてその国の温泉むすめである私もロマンの女!」

 

 間由は力強く泉海の肩を掴んで更に熱弁を振るう。

 

「なればこそ、ドカンと一発大儲けを目指す。なればこそ、私は色んな温泉むすめに投資する――会長、あなたもそのひとりよ! あなたくらいの立場なら、国民的アイドルの歌詞の収入知ってるんでしょ?」

「え……。ま、まあ……」

「やっぱり!」と、間由は食いついた。「それ教えて! 教えてくれたら今日は帰してあげる!」

「えぇ……」

 

 泉海はしばし逡巡したあと、雪山からの吹き下ろしのような溜息をついて、間由の耳に口元を寄せた。

 

「……予め言っておきますけど、内訳は分かりませんよ。印税収入を含めた合計額です。スクナヒコ様から聞いた話によりますと、潤目アリアが所属するアイドルグループ、『ラクア』は……ぼそぼそ……」

「ウソーーーーーーーー!!! そんなに!?!?」

 

 その額を聞いて、顎に強烈な一撃をもらったような衝撃が間由を襲った。にわかに視界が霞んでいく。想定していた規模の軽く数百倍を稼ぎ出す「アイドル」という存在は、それほどのハードパンチだった。

 間由は危うくその場に昏倒しそうになり――しかし、すんでのところで踏みとどまった。そして、ゆっくりと上げた彼女の顔に輝くのは、まさに黄金と形容すべきほどの異様な眩さを放つ双眸であった。

 

「そうか、自分で歌えばさらに稼げるのね……ふふ……ふふふっ!」

「あの、間由さん……?」

「決めた……私もアイドルになる!!」

「え!?」

 

 唖然とする泉海を置いて、間由は凄まじい指さばきでスマートフォンを操作し始める。

 

「そうと決まれば早速投資!自己投資よ! まずはエステにボイトレでしょ、あっ、ダンスも習わなきゃだし、ライブの衣装も大事よね」

「ま、間由さん。そんな焦らずともよいのでは……?」

「何言ってるの、会長! 時間は有限、思い立ったら即行動あるのみよ! えーっと、見積もりはこんなものか」

 

 今、間由の頭の中にはトップアイドルとして君臨する自分の姿がありありと浮かんでいた。今から支払うのはそのための先行投資。多少出費は痛いが、おつりは何十、いや何百倍に返ってくる!

 めくるめく黄金の未来を思い描き、ほくほく笑顔で財布の中を見る間由――と、なぜか急速にその顔が青ざめた。

 

「こ、今度は一体どうしたんですか?」

 

 恐る恐る尋ねる泉海に、間由は何とも言えない表情で答える。

 

「キャッシュがない」

「……はい?」

「投資に回しすぎて、手持ちのキャッシュがなくなっちゃったわ……!」

「お金がないということですか!?」

 

 だが、間由は首を横に振った。

 

「違うわ。あくまで投資に回しただけ。いずれ返ってくる――つまり、ペイするお金よ」

「はあ……。失礼ですが、他にはどんな投資を?」

「楓花ちゃんのツチノコ探しに、アステルちゃんの化学実験! この部屋を作った工学部の発明にも!」

「よ、よりによってそこですか……」

「だってロマンがあるじゃない? そしたら迷わず投資するべきでしょ!」

 

 鼻息荒く言う間由だったが、その結果が今だということには、まるで思い至っていないようだった。

 

「間由さん、もしかしてあなた投資が下手なのでは?」

 

 苦笑いの泉海に、間由は天を仰いで絶叫した。

 

「寝言は寝て言ってよね! 私こそ温泉むすめ界の投資王、土肥間由なんだからーーーーーーー!!!」

 

 ロマンの果ては栄華か、はたまた絶望か。天よ地よあまねく人よ、温泉むすめ一代の人生張った大博打、その行く末をどうぞ胸躍らせてご照覧あれ。

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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