story おはなし

温泉むすめ伝「東山季利花の章」

 もうすぐ夏がくる。
 『温泉むすめ師範学校』の周囲を見回りしていたあたしは、頬を撫でる風が心地よくて空を見上げた。

「うむ、今日も師範学校は平和で候! これも温泉組隊長である、あたしの毎日の見回りの成果で候~!」

 師範学校の「見回り」はあたしが自分に課している任務の一つだ。あたしは毎朝授業が始まる2時間前に登校して、校舎や敷地内に不審者がいないか、危険物がないか見て回り、最後に学校の周囲を一周する。
 特に今年は気が抜けない。多くの温泉むすめがアイドル活動を始めて、師範学校全体が浮足立っているからだ。
 楽しい時ほど気がゆるみ、危険な事件に巻き込まれるというもの……。
 しかし、そうはさせない! 皆の衆はこのあたし、東山季利花が守る!

「もっとも、あたしが守るべき“本丸”は――もちろん東山温泉でござる」

 あたしはそう呟き、己の本懐を忘れぬよう噛みしめた。会津の奥座敷として1300年の歴史を持ち、多くの偉人に愛されてきた東山温泉。その歴史と伝統を守ることが偉大な温泉地に生まれた温泉むすめであるあたしの大義なのだ!

「温泉むすめの皆が健在であれば、世の温泉文化が一層盛り上がるというもの。それ即ち、東山温泉のため!」

 力強く頷いて、あたしが勢いよく曲がり角に駆け出した――その時だった。

「ああっ! あぶない……!!」

 勢いあまって車道に飛び出したあたしに向かって、悲鳴とともにロードバイクが突っ込んできた!
 一瞬、車上の女の子と目が合う。銀髪のおかっぱ頭に意志の強そうな瞳。彼女の顔には見覚えがある。
 ――ああ、そうだ。まなみ殿だ。鈍川まなみ殿……。
 あたしは薄れゆく意識の中で、いつか彼女にもらった今治タオルを思い返していた――。

「やあーーーっ!!」
「あいたっ!!!」

 突然、頭を強く打たれて、あたしはその場に倒れ込んだ。あまりの痛みに頭を抱えてのたうちまわっていると、四方から少年たちの笑い声が聞こえてくる。

「いてて……。申し訳ないまなみ殿、こちらの不注意で――あれっ?」

 顔を上げると、そこは板張りの道場のような場所だった。あたしよりも年下とおぼしき道着姿の少年たちがこちらを見ている。彼ら各々の手と――そして、今しがた一本を取られたらしきあたしの足元には、竹刀があった。

「剣道場!? 一体なにゆえ……!?」

 あたしの意識が一瞬で覚醒する。と、門下生らしき少年たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。

「さすが土方さん! 湯治中でもなお腕はなまっていない!」
「鬼の新撰組副長と呼ばれただけあるな……!」

 土方さん!?
 土方さんって、東山温泉にゆかりの深いあの「土方歳三」さん!? あたしは土方さんに一本取られたのか!?
 あたしは勢いこんで立ち上がり、正面の人を見て――仰天した。竹刀を構え、「土方さん」と呼ばれるその人の顔がまなみ殿にそっくりだったからだ!

「えっ!? ま、まなみ殿? いや、でも……」

 彼はよほど門下生に慕われているのだろう、「土方さん、自分にも稽古をつけてください!」とせがまれている。
 他人の空似とはこのことだろうか、確かにこの人が「土方さん」のようで――あたしはいよいよ混乱してきた。

 土方歳三さん。幕末の時代を生き抜いた武士で、あたしの憧れの人だ。まなみ殿に似ているという点を差し引けば、意志の強そうな瞳や凛とした立ち姿は、あたしが思い描いていた土方歳三さんそのままの姿ではある。
 なにより土方さんは東山温泉で湯治をしたという史実もあり、幼い頃からあたしは親近感を――ん? 湯治?

「まさか、ここは東山温泉でござるか!?」

 先ほど門下生のひとりが「湯治」と言っていたのを思い出して、あたしは思わず駆け出した。
 剣道場の縁側に飛び出て、外を見る。建物こそ見慣れぬ造りをしているが、湯川の流れる地形は見紛うはずもない。

「……ば、幕末の、東山温泉……!?」
「どうした、頭を強く打ちすぎたか?」
「! ひ、土方さん……!」

 ぬっと現れた“彼”を見て、あたしは思わず身を強張らせた。
 まだ分からないことだらけだが――もういい。ひとりの武士として、あたしは土方さんと話がしてみたい!

「土方さん! お背中お流しします!!」

 気が付けば、あたしはそう叫んでいた――。

 

♨      ♨      ♨

 

 あたしは土方さんと一緒に湯屋に入った。洗い場に座る土方さんの後ろにしゃがんで、風呂桶の中の湯に手ぬぐいをくぐらせる。手ぬぐいを固く絞って開きながら前を向くと、そこには傷だらけの背中があった。

「土方さん、この傷は……」
「む、その古傷が気になるか。背中の傷は武士の恥と言うからな」
「い、いえ! そういう意味ではなく!」
「敵陣に攻め入れば背後から斬られることもある。俺にとっては勲章だ」
「……攻める……」

 何か大事なことを言われた気がして、あたしは土方さんの背中の傷をまじまじと見た。
 背中の傷は武士の恥。そんな通り一遍の格言など気にもしない。周りにどう思われようと、志のために生き、大義のために命を懸ける……。やはり土方さんは本物の武士なのだ!

「土方さん、ご指導痛み入ります! それでは……失礼いたします!」

 そう言って、背中に手ぬぐいを置いた瞬間――土方さんはその身を翻して、手ぬぐいを持つあたしの手首を掴んだ。

「!?」
「それは何だ?」
「へっ? 何って、手ぬぐいですが……」

 土方さんは「手ぬぐい?」と眉をひそめたかと思うと、あたしの手から乱暴に手ぬぐいを奪い取って叫んだ!

ペラッペラじゃあないか!!
「!?!?」

 ど……どうしたのだろう? なぜかは分からないが土方さんを怒らせてしまった……!

「あ、あの、でもですね土方さん、手ぬぐいとはこういうものでして……」

 あたしは土方さんの怒りを鎮めようと、恐る恐る申し上げたが――

「俺はペラッペラの手ぬぐいがこの世で一番嫌いなのだ!! ふわっふわの今治タオルを持ってこい!!」

 ――逆効果だったようだ。
 ……ん? 今治タオル??

「いいか、俺は湯治を終えたら再び前線に出る! そしてペラペラ軍を打破してペラペラ城を陥落せしめ、日本にふわふわ幕府を築く!! 俺は……私は、ふわふわで気持ちいい今治タオルを全国に広めたいんですーーー!!!
「ええーーーっ!?」

 あたしはショックのあまり、のけぞるような姿勢になって――。

 ドッシーン!!
 大きな衝撃と同時に、お尻にビリビリとした痛みが走って、あたしは目が覚めた。

「季利花さん! 大丈夫ですか?」

 そう言って、あたしを抱き起こしてくれたのは――まなみ殿だ。見渡せば、ここはどうやら師範学校の保健室で、あたしはベッドから落ちてしまったらしい。

「目が覚めてよかった……。ずっと眠っていたんですよ。どこか痛みはありますか?」
「……そうか。あたしは車道に飛び出して……」

 保健室の先生の話によれば、まなみ殿がギリギリでハンドルを切ったおかげで衝突は免れたそうだ。驚いて気絶したあたしを、彼女が保健室に運んで看病してくれたのだという。

「かたじけない。痛みはもう大丈夫だ……しかし、ぐっすり眠ってしまったな。なんだか不思議な夢を見ていた……」

 まだボーッとする頭で呟くと、まなみ殿が嬉しそうに言った。

「気持ちよく眠れたでしょう? 実は、季利花さんにかけていたこのタオルケットは今治産のものなんです。気に入ってもらえたら嬉しい……。私、この今治タオルの良さを広めるために、最近アイドルを始めたんですよ」
「へっ? アイドル? 今治タオルを広めるために!?」

「はい!」と意志の強そうな瞳で見つめてくるまなみ殿に、あたしは敗北感に似たものを感じた。守るだけのあたしと違い、彼女は攻めている。
 “攻める”……なぜだか分からないが、今がその時だと思った。武士たるもの、時には勇気を出して攻めねばならない。東山温泉の素晴らしさを広めるために!
 あたしは勢いよく立ち上がると、窓の外に広がる青空を見上げて宣言した。

 「温泉組隊長、東山季利花! 東山温泉の温泉むすめとして、武士として、アイドルとして――攻めるで候!」




著:黒須美由記

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