story おはなし

「petit corollaバズらせ大作戦」第三話「悩む美少女は、それだけで価値がある……!!」

第二話「100まーーーーーん!!!」はこちら


「というわけで、やってまいりました伊香保グリーン牧場~!」

 広大な牧草地の只中に立ち、葉凪が高らかに声を上げる。すると、傍らに立った亜莉咲、六香、椿月がこちらも賑やかに拍手や歓声で盛り上げた。

 ここは群馬の名峰、榛名山の中腹に広がる伊香保グリーン牧場。葉凪の実家、伊香保温泉からほど近いこの場所に、petit corollaの4人はスクナヒコ発案の『バズらせ大作戦』を受けてやってきていた。

 涼風に乗って若草の精気に満ちた匂いが香る。桜の盛りを過ぎ今まさに新緑の季節。放し飼いにされた羊が悠々と歩き、そこここで新芽を食んでいた。それだけではない。あたりを見回せば、うさぎ小屋や山羊のあそび場など、至る所に動物の姿がある。

 観光客と戯れる動物たちを興味深げに眺めつつ、亜莉咲は隣に立つ六香に尋ねた。

 

「六香、本当にうまくいくのよね?」

「もちろん! 動物の動画をSNSにアップすれば、すぐにバズってフォロワー100万人なんてあっというまだよ! ネット界隈では常識だよね~」

「そんな常識、私は初めて聞きましたけど」

「もー、そんなこと言っちゃって! 椿月ちゃんだってSNSでバズってる動物の写真や動画見たことあるでしょ? みんな動物大好き! その動物たちと可愛さ最強のあたしたちがコラボすれば、超バズり間違いなし☆」

 

 そう、前回に引き続き今回のアイデアの発案者も六香であった。活発、おしゃべり、好奇心旺盛な六香は意外にもアイデアマンだったりする――もちろん、そのアイデアが的確かどうかは別の話だが。アイデアマンとトラブルメーカーは常に表裏一体の存在なのだ。

 いつもは不安に思われがちな六香のアイデアだが、今回に関しては珍しく好評であった。特に葉凪は、

 

「動物のアテレコ動画とか……面白そうかなって思うんだけど、どうかなぁ?」

 

 と、はにかみながらも具体的なアイデアを提案するほどに乗り気であった。日ごろから伊香保グリーン牧場で動物の世話を手伝っているからこそ特別興味が湧いたのだろう。そんな葉凪の後押しもあって、六香のアイデアは採用されるに至ったのだ。

 とはいえアテレコ動画とは本来、動物を映した動画に合わせて人間が別撮りの音声を吹き込むという、中々に手間のかかる作品である。もちろん4人にはそんな知識もなければ機材もない。そこで彼女たちが考えたのは、撮影と同時にその場で声を当ててしまうことだった。

 念のため伊香保グリーン牧場に撮影許可を求めると、馴染みの葉凪のためにと快く応じてくれた。彼らの為にもいい結果を出したいと、今日の葉凪は特別気合が入っている。

 

「それでは早速、動物アテレコいってみようっ!」

 

 葉凪がポケットから取り出した犬笛を鋭く吹く。すると、遠くから弾丸めいた速さで一匹の犬が駆けてきた。

 

「牧羊犬のジョニー君です!」

 

 葉凪が手で合図を送ると、ジョニー君は彼女の横に素早く座った。

 ジョニー君は堂々たる体躯の黒犬である。葉凪が言うところによるとストロング・アイ・ヘディングドッグという犬種で、毛皮は黒地だがつま先だけが靴下を履いたように白くて愛らしい。首元のバンダナをおしゃれに着こなし、理知的な瞳からは天性の才能が垣間見える。

 

「おお~、カッコいい! ジョニー、お手!」

 

 ジョニー君の匂い立つ男ぶりに感激した亜莉咲は、目を輝かせて芸を催促した。

 しかしジョニー君は亜莉咲を一瞥すると、バカにするかのように鼻を鳴らして視線を再び葉凪へ戻した。

 

「んなっ!?」

「ダメだよ亜莉咲ちゃん。この子は誇り高い牧羊犬なの。ジョニーじゃなくて、ちゃんとジョニー君って呼ばなくちゃ。ね? ジョニー君」

 

 葉凪が呼びかけると、ジョニー君は嬉しそうに尻尾を振って応える。ひとりと一匹の確かな絆に亜莉咲は唸った。

 

「さすが葉凪! 動物の気持ちを知り尽くしているのね!」

 

 ペットといえば金魚くらいしか飼ったことのない亜莉咲には動物の気持ちは今一つわからなかった。

 きっと犬には犬の流儀があるのだろう。言われてみれば、初対面でいきなり芸を要求するなど確かに礼を失している……亜莉咲は得心した。

 ジョニー君を一門の男児と思うなら己も一端の淑女たれ。亜莉咲は思い直し、改めて彼に手を差し出した。

 

「ジョニー君、お手を拝借」

 

 ジョニー君、無視。

 

「なんで!?」

「あ、あれ? ジョニー君、亜莉咲ちゃんが呼んでるよ!」

 

 葉凪が呼びかけると、ジョニー君は嬉しそうに尻尾を振った。もちろん葉凪に向かってである。

 これぞ犬の性。認める者には忠節をつくし取るに足らぬ者には見向きもしない。この意味するところはつまり――亜莉咲の肩に、椿月はそっと手を置いて言った。

 

「明らかになめられてますね、亜莉咲ちゃん」

「なんで葉凪がよくて私はダメなの!?」

 

 怒れる亜莉咲が地団駄を踏んでいると、不意に六香の声が飛んできた。

 

「お待たせ~! いつでもいけるよ!」

 

 少し離れた場所に、六香がスマートフォンを構えて立っている。葉凪たちがひと悶着している間に六香は着々と撮影の準備を続けていたのだった。

 被写体であるジョニー君を完璧に可愛く撮るポイントは見つけ出した。後は葉凪が最高にキュートなセリフを吹き込むだけで、超バズリの激ヤバ動画の完成だ――気合充実の六香は葉凪に向かって満面の笑みを向けると、声を弾ませて合図をした。

 

「さあ始めよう、葉凪ちゃん! アテレコよろしく!!」

 

 しかし、呼びかけられた葉凪は困惑したように目を瞬かせるとこう答える。

 

「あれっ、わたしがやるの? アテレコ……」

「えっ?」

 

 4人は顔を見合わせて黙った。彼女たちの脳裏にほんの数日前の悪夢がよみがえる。

 これは全員が全員SNS担当を「自分ではない」と思っていた時と同じ状況――報告、連絡、相談、いわゆるホウレンソウの欠如によるアテレコ担当の思い違いが起こっているのでは……?

 六香は亜莉咲と椿月に尋ねた。

 

「アテレコ……葉凪ちゃん、だよね?」

「私もそう思ってました。アテレコしようと言ったのは葉凪ちゃんですから」と椿月がうなずく。

「葉凪以外ありえないわ。ジョニー君とも仲いいみたいだし」亜莉咲は少し拗ねたふうである。

 

 見事に一致する六香、椿月、亜莉咲の意見。そして葉凪を突き刺す3人の熱視線。

 

「えっ……え~~!?」

 

 このたび思い違いを起こしていたのは、葉凪ただひとりのようだった。

 葉凪は力なくその場に屈むと、いきなりジョニー君を抱きしめた。

 

「……しい……」

「え?」

「恥ずかしい……!」

 

 潤む瞳に色づく頬。可憐なるは早咲きの色香。震える声は雪かはたまた玻璃の儚さか。

 

「うぐッッ!!」

 

 体を貫く衝撃に、六香は思わずスマートフォンを落としかけた。

 気配が……葉凪ちゃんの気配が、変わった!! 六香は心の中で絶叫した。

 いま目の前にいる葉凪は、あたかも『囚われの身となり唯一そばにいてくれる友達の愛犬に儚げに語りかける深窓の令嬢』という悲劇物語のヒロイン的風情を醸し出し圧倒的美少女力を大いに放っていた。つまり一言で言うと、とてつもなく可愛いのである!!

 

「こ、これが清純派の真の力!? なんかめっちゃ守ってあげたいオーラを感じる……!!」

 

 葉凪の放つ美少女力に圧倒される六香――だが、不敵な笑みをたたえ、彼女は再びスマートフォンを構え直す。

 

「撮り甲斐があるってもんじゃん……! 葉凪ちゃん、その調子でアテレコもお願いね!」

「待って下さい!」

 

 勢い込む六香をぴしゃりと椿月が遮った。

 六香は突然入った横やりに文句を言いそうになったが、椿月の目を見て、思わず言葉を呑み込んだ。

 椿月はいつもどおりその表情に微塵の揺らぎもみられない。だが、その瞳には確かに熱いものが宿っていた。

 

「アテレコは中止です」

「え……?」

「このありのままの葉凪ちゃんを激写しましょう。これはこれでバズります」

「ど、どういうこと、椿月ちゃん……!?」

 

 六香の問いに、椿月の瞳の輝きは鋭さを増した。

 

「悩む美少女は、それだけで価値がある……!!」

 

 六香は震えた。

 すました顔で言い放つその舌鋒のなんと鋭いことか。

 今日の撮影はただでは終わらない……。いきなり予定外の映像を撮ることになってしまった六香は、しかし舌なめずりをしてスマートフォンの画面を注視する。そこには、レンズを避けるようにジョニー君に顔をうずめ、依然として輝きを放ち続ける、いたいけな美少女の姿がある。

 

「……これでいいんだね、椿月ちゃん」

「ええ、撮りましょう。余すところなく」

「椿月ちゃん……なんて恐ろしい子……!」

 

「………………」

 

 亜莉咲はぽつねんと立ち尽くし、突如始まった六香と椿月の謎の小芝居を眺めていた。

 そして一言。

 

「とっととアテレコしろーーーー!!!」

 

♨      ♨      ♨

 

 亜莉咲のツッコミが青空に響き渡ってからしばらく経ち、4人は広場の一角に身を寄せ合っていた。

 スマートフォンの画面に映るのは、シロツメクサの草冠を頭に乗せてのびのびしているうさぎたちの姿である。その愛らしい画に言葉があてられていく。

 

「あははっ! 待てよ、ウサ美~~!」

「うふふっ、捕まえられるものなら捕まえて御覧なさい、ウサ彦さ~~ん!」

 

 などと、渚で戯れる男女のひと夏のアバンチュールが展開されたと思えば、

 

「あ~っ! 御戯れをお代官様! あたしの草冠食べないで下さいまし~!」

「よいではないか、よいではないか~。草冠ウマウマ」

 

 時代劇風味のワンシーンも。

 小器用に声音を使い分けてアテレコをするその声の主は六香であった。

 

「わあ、六香ちゃん、上手~!」

「確かに。多芸ですね、六香ちゃん」

「えへへ~。なかなかでしょ?」

 

 葉凪と椿月は無邪気であった。だが燃え盛る亜莉咲のツッコミエンジンはここでも唸りを上げて止まらない。

 

「いやいや、なにそのセリフのセンス!? っていうかそもそも――」

 

亜莉咲はビシッと六香を指さして叫ぶ。

 

「なんであんたも映ろうとするのよ!?」

 

 うさぎたちの後ろには堂々と六香が座っていた。ティーン向け雑誌さながらのあざとすぎるポーズと笑顔は、明らかにうさぎより目立つ気満々である。

 

「なんでって……今日めっちゃメイクがうまくいったから撮っておきたいな~と」

「却下! 動物が主役のアテレコでしょ、これは!!」

「え~~~っ!? だって、さっきは葉凪ちゃんとジョニー君で一緒に撮ったじゃん!」

「あれは特例っ!」

「面目ないです……」

 

 六香と亜莉咲が丁々発止のやりとりを交わす傍らで、葉凪はしょげかえっていた。

 結局、亜莉咲があれほど鋭く突っ込んだにもかかわらず、葉凪によるジョニー君のアテレコ動画は撮影に至らなかった。その代わりに――椿月の提言通り、葉凪が恥ずかしそうにジョニー君に顔を埋めているだけの動画が六香の手によってじっくりと撮影され、すでにプチコロの公式SNSにアップされている。

 

「あんな動画、誰も喜ばないと思うんだけど……」

「いや、あれはいいものだよ葉凪ちゃん……!」

 

 六香が力強く頷くのに合わせ、葉凪は一層小さくなっていく。いくら褒められたところで恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

「まったくもー、葉凪も六香もダメダメね! こうなったら私がアテレコのお手本を見せてあげるわ!」

 

 腰に手を当て堂々と、あくまでも仕方ないというポーズをとって亜莉咲が言った。頬が紅潮してなんとなくウキウキして見えるのは、もちろん早く動物たちと戯れたいからである。

 

「ほら六香、またカメラ役よろしくね」

 

 カメラを手渡そうとして亜莉咲が六香に小走りで近づく。

 すると、六香の周囲でだらけていたうさぎたちが一斉に立ち上がり、バッと亜莉咲を見た。

 その異様な光景に、亜莉咲は思わず足を止める。

 

「な、なによあんたたち……?」

 

 と、亜莉咲が言葉を発するが早いか、うさぎたちは蜘蛛の子をちらすように一斉に逃げ出した。命を狩られるとでも言わんばかりの必死さであった。

 

「…………」

 

 あまりにも素早いうさぎたちの逃走劇に反応することができず、亜莉咲は口をパクパクさせて葉凪と六香に向き直った。

 

「なんで六香はよくて私はだめなの!?」

「ま、まぁまぁ、たまたまだよ。うん」

 

 葉凪が必死にとりなす。

 そのとき、沈黙を守っていた椿月が3人の後方で口を開いた。

 

「ええ、動物に懐かれるか懐かれないかは偶然によるところが大きいので、気にしない方がいいですよ」

「だよね、椿月ちゃ……えっ!?!?」

「というか、懐かれすぎるのも非常に厄介なので」

「う……うわーーー!」

 

 発言者――椿月がいるはずの場所を見て、3人は絶叫した。

 そこには海が広がっていた――うさぎの海が。

 膨大な数のうさぎが、うごうごと押し合いへし合い椿月のもとへ集結しているのだ。肝心の椿月はその中央に埋もれていて、髪をくくっている特徴的な赤いリボンだけが“海面”にたゆたっていた。

 

「ちょっ、ええっ!? 何が起きてるのよ!?」

「つ、椿月ちゃん!? 大丈夫!?」

 

 亜莉咲と六香が目を丸くして問いかける。だが、椿月は落ち着き払った声で答えた。

 

「さあ。よくあるんですよねこういうこと」

「よくある!? こんなの見たことないわよ!!」

「いや、でも……」と、葉凪は亜莉咲を制した。「た、確かに……。椿月ちゃん、いつも小鳥とかに懐かれるなあって思ってたかも……」

「と、とはいえこれほどとは……!!」

 

 六香は手元のスマホをチラチラ見ながら驚いている。撮影すべきか助けに行くべきか迷っているのだろう。

 そんな友人たちの動揺をよそに、椿月は「コンビニ寄ってく?」とでも言わんばかりのノリで提案した。

 

「せっかくうさぎが沢山いることですし、アテレコします?」

「それどころじゃないでしょ!? 今助けに行くからじっとしてて!」

 

 亜莉咲を先頭に3人は椿月を目がけて駆け出した。少女たちは世界8番目の大洋と化したこのうさぎ海を越え、友人のもとにたどり着くことができるのか……そんな大冒険が始まるかと思いきや、彼女たちの伊東椿月救出譚は図らずもあっけない終わりを迎えた。

 うさぎたちが一斉に逃げ出したのだ。亜莉咲が近づいて行くそのそばから、彼らは古布が裂けるように勢いよく左右へと分かれて走り去って行った。

 

「…………は?」

 

 葉凪、椿月、六香に見つめられるなか、亜莉咲は立ち尽くしていた。

 今、亜莉咲の心は荒野である。人もいなければ動物もいない。天地にあるのはただ己のみ。

 

「なぜ……なぜ、椿月はよくて、私はだめなのよーーーー!!!」

 

 亜莉咲哀しみの叫びが、本日三度目、青空に響き渡った――その時。

 彼女の傍らに、巨大な影が近寄ってきた。

 

「ブルヒヒン」

 

 亜莉咲の耳元で奇妙な鳴き声がしたかと思うと、その頬を生暖かい物が這いずった。

 

「んぎゃーーー!」

 

 馬である。馬の舌が亜莉咲の頬を舐めたのだ。

 馬は歯をむいて笑った。なんとも不細工な笑みである。

 

「あ、あれは! 馬王君!!」

「えっ!? なに、なんなの葉凪ちゃん!?」

 

 六香が問うと、生唾を飲み込んだ葉凪はゆっくりと語り出す。

 

「馬王君は誰にも懐かない偏屈な馬として有名なこの牧場の王者……! わたしもやっとお近づきを許されるようになったばっかりなのに……一目で気に入られるなんて、すごいよ亜莉咲ちゃん!」

「マジ!? 亜莉咲ちゃん、すごい子に気に入ってもらえたんじゃん! カメラカメラ!!」

 

 六香はスマホを亜莉咲と馬王君へと向けた。興奮した葉凪もひとりと一匹に釘付けであった。

 馬王君も嬉しそうである。白い歯をかちんかちんと鳴らして亜莉咲に迫っている。

 

「ひ、ひいっ……!!」

 

 自分の身長を超える大きな馬にまとわりつかれて亜莉咲は慄然と身を固くしている。それでも彼女はスマートフォンが向けられていることに気づくと、笑顔を作って両手でピースサインをキメた。女の矜持である。

 

「やりますね、亜莉咲ちゃん」

 

 再び集まり出したうさぎたちの中心で、椿月は小さく頷いた。

 その言葉を最後に、誰にも気づかれることなく、椿月はうさぎの海に呑まれて消えていった。

 

♨      ♨      ♨

 

「……馬王君コワイ……馬王君コワイ……」

「でもすごいことなんだよ亜莉咲ちゃん! 馬王君があんなに親しげなの、わたし初めて見たよ!!」

 

 よだれだらけで半泣きの亜莉咲の顔を葉凪がタオルで拭ってやっている。その隣では、同じくタオルで椿月がうさぎの毛を払い落としていた。

 4人は今、牧場内の喫茶でしばしの休息をとっている。

 さっそく撮った動画の数々をSNSにアップして、その反応を待っていたのだった。

 

「みんな、来て!」

 

 SNSのフォロワー数を確認していた六香が葉凪たちを呼んだ。

 4人はスマートフォンをのぞき込む。

 以前のフォロワーは97人。はたして結果は――

 

“petit corolla”公式アカウント:198フォロワー

 

「わぁ! 増えてるーーー!!」

 

 葉凪が歓声を上げ、亜莉咲と椿月も胸をなでおろす。

 だが、3人が手応えを感じているのに対して、なぜか六香だけは不満げに唇を尖らせていた。

 

「ん~、もうちょっとバズると思ったんだけどなぁ」

「でも100人も増えたんだよ? わたしは十分すごいと思うけど……」

 

 葉凪の言葉に六香は肩をすくめる。

 

「期限があるからね~。このペースだと、今年いっぱいで100万フォロワーは厳しいかも」

「あ……確かに」

 

 そう、今年いっぱいに100万フォロワーを達成する、というのがスクナヒコと交わしたバズらせ大作戦のルールであった。改めてこのハードルがいかに高いかを思い知らされる。

 六香の言うとおり、この増加ペースでは達成は夢のまた夢――つまり100万フォロワーを目指すには、もっと大きな仕掛けをしなければならないのだ。

 祝杯ムードは一転してしぼんでいき、その代わりに各々は妙案を求めて知恵を絞りはじめた。

 と、その時、葉凪はあるものに目を留めた。

 

「……あ!」

 

 葉凪は“それ”に駆け寄ると、3人を振り向いてとびっきりの笑顔を向けた。

 

「これ……これだよみんな! これでもっとバズれるんじゃないかな!?」

 

 葉凪が3人に示したのは、伊香保グリーン牧場名物『シープドッグショー』のポスターであった。

 

<続く>

著:山崎 亮

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